ASK EXPERTS – VOL.008 内田さえ

ASK EXPERTS – VOL.008 内田さえ

ASK EXPERTS

Ask experts第8回目は、鍼灸の研究をしている、東京都健康長寿医療センター研究所の内田さえ先生にお話をうかがいました。なぜ効くのか、まだまだ未知の部分も多い鍼灸ですが、内田先生のような研究者の方々が積み重ねている基礎研究によって、少しずつ明らかになってきています。今回は、内田先生に鍼はなぜ効くのか、研究のやりがいや女性研究者ならではの視点などをお聞きしました。

――内田先生の研究テーマについて教えてください。

 

 

脳循環系や自律神経など、神経の仕組みと鍼のかかわりをテーマにしています。加齢で脳の血流は落ちていき、それが原因となってアルツハイマー病などを引き起こすことがあります。私たちは、鍼で脳血流を調節する神経に働きかけ、高齢になっても十分な脳血流量を維持できるのではないかという仮説のもと、脳血流と神経と鍼刺激の関係について研究しています。

 

 

 

――先生が鍼を研究テーマに選ばれたのはなぜでしょうか。

 

 

大学では薬学科だったのですが、自律神経研究の第一人者である佐藤昭夫先生の研究室へ入り、そこで鍼を研究テーマにするよう指導していただいたのがきっかけです。

 

佐藤先生の研究室で、160µmの細い鍼を実験動物(ラット)に打っただけで、膀胱の収縮が抑えられるという実験データを目の当たりにしました。たった1本の鍼が、自律神経に対してこんなにも影響を与えるのかと衝撃を受けましたね。それから、鍼の研究にどんどんのめり込んでいきました。

 

 

 

――なぜ鍼が効くのか、医学の基礎研究というお立場から教えてください。

 

 

先ほども脳血流に影響を与える神経に鍼で働きかけるというお話をしましたが、鍼による皮膚刺激を、神経を通して脳に伝え、身体の各臓器に命令を出させるという「反射」という仕組みを働かせることが鍼の作用メカニズムの一つと考えられます。手術や薬物療法と違って、生体にもともと備わっている仕組みを利用して身体を整えるので、鍼は身体への負担や副作用の少ない治療法と言えます。

 

 

 

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施設の屋上庭園。天気の良い日は患者、外来者の憩いの場となる 

 

 

 

――鍼灸についての科学的な研究は、どのくらい進んでいるのでしょうか?

 

 

日本はもちろん、中国や韓国をはじめ、欧米など、海外でも積極的に研究が進められてきています。さまざまな学会で海外の先生方にお会いすることが多いのですが、そういった場でも、鍼灸に対する国際的な興味が高まっていることが分かります。論文数も世界各地で年々増えていますが、やはり東洋医学の中心地であるアジア圏、なかでも日本が引っ張っていけたらと思います。

 

鍼灸療法を浸透させていくためには、メカニズムの科学的根拠を示すことが何より大切だと考えています。臨床研究は大事ですが、根拠を示すためには基礎をしっかりすること、実験レベルでの研究をすることが必要です。

 

基礎研究は地道な積み重ねによって仮説を検証していく作業なので、とにかく時間を要します。鍼灸の刺激で内蔵の働きがどう変わるのか、その反応に神経やホルモンがどのように関わるのかなど、まだ分からないことが多くあります。このような鍼灸の効果の科学的根拠を解明するためには、もっと自律神経について調べる必要があります.この分野の研究者が増えてほしいと願っています。

 

 

 

――研究のなかで女性ならではの視点が役に立つことはありますか。

 

 

現在、鍼についての研究は鍼の鎮痛効果についての報告が多く、「自律神経」を通じて内臓に影響を与える仕組みを解明しようという試みは少ないです。なかでも、自律神経が女性の生殖器官にどのような影響を与えているのかといった分野は、ほとんど研究が進んでいません。私は脳血流だけでなく、鍼刺激が女性の生殖器官に与える影響についても研究しているのですが、「女性だけが持つ器官」ということに問題意識が持てるのは、やはり自分が女性だからだなと思います。

 

 

 

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研究室には精密機械が数多く置かれている。棚には、ケーブルなどがきちんと整理して収納されている

 

 

 

 

――ご自身は鍼を受けられたことはありますか。

 

 

おかげさまでとても健康体なのでほとんど医者にかかることはないのですが、実験の一環として、研究グループの鍼灸師の方に打ってもらうことはあります。鍼はとても細いので、刺されているという感覚や痛みはほとんどないにもかかわらず、心拍数は明らかに反応して変化しているんです。自分の身体でデータを取ると、改めて「やっぱり鍼って効果があるんだな」と感慨深いですね。

 

 

 

――先生は「とても健康」ということですが、健康を維持するために何かされていますか。

 

 

とにかく歩くようにしています。健康に大切なのは、やはり運動と食生活だと考えています。特に歩行運動は、脳の血流をよくすることが私たちの動物実験で実証されています。研究者が不健康では、「運動は脳血流を……」なんて言っても説得力がないですから、まず自分でやらなきゃと歩いて毎日通勤しています。

 

ついつい研究に没頭してしまうことがあるので、自分自身の健康やセルフケアが疎かにならないように心がけたいなと思っています。

 

 

 

――研究者になりたい方、学生にアドバイスをお願いします。

 

 

研究会や講義に積極的に参加したり、質問したりしていくことで、だんだんと研究の世界に近づいていくことになると思うんです。ですから、研究者を志す方は、やはり関心と参加が何らかのきっかけにつながると思います。鍼灸のメカニズムの基礎研究をする若い研究者がますます増えてほしいので、ぜひ関心を向けてくれるとうれしいですね。

 

 

 

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「鍼は身体に負担の少ない治療法なので、特に高齢者や女性におすすめです」と語る内田先生

 
【施設紹介】

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地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター http://www.tmghig.jp/hospital/

 

同センターは550床の病室があり、一日700人以上の外来が訪れる高齢者專門の大型医療機関である。老化に関する研究、開発が行われ、医療と研究を融合した今後の超高齢化社会の一端を担う病院である。診療科目は、内科、外科以外にもリハビリテーション科、放射線診断科などがある。著名作家によるアート作品が院内の様々な場所に設置され、緑が多いなど高齢者や地域にやさしい療養環境となっている。

 

 

〒173-0015 東京都板橋区栄町35-2
TEL:03-3964-1141